皐月|端午の節句

口に運べば
薫風のように、清々しく

活けあわびを蒸すこと8時間。豪華な一品を幕開けに

新緑が美しい、全てが躍動するような時季となり、これからはお料理も軽やかな味わいのものへと移っていきます。食前酒は「菖蒲酒」。端午の節句に欠かせない菖蒲は、名前の響きが、〝勝負〟や〝尚武(しょうぶ=武道や武勇を大切にする考え)〟と通じる験担ぎにもつながっているといいます。独特のすっきりとした芳香は魅力的ですが、あまりくどくなってしまわないよう、香り菖蒲の根を除き、酒に漬けたものをご用意しました。

最初に召し上がっていただくお料理は、あわび柔煮(やわに)。やはり、高価な食材が献立の幕開けに登場すると喜んでいただけますし、これからの季節は先附にさっぱりとした貝類を用いることが多くなります。

今回の柔煮は生きたままのあわびに皮付きの大根を乗せ、8時間蒸したもの。ゆっくりと、時間をかけることで味が抜けないように。1時間や2時間、蒸しただけではまだ固いものが、5時間を過ぎたあたりから柔らかくなっていくのが不思議なところです。山葵を溶いた酢をソースとし、三方の中に金杯を置いて盛りつけました。

お料理には禅語をしたためた短冊を添え、月ごとに数種類ずつ用意しています。そのうちのひとつに、「薫風自南来(くうぷうじなんらい)」があります。そのまま読むと、〝爽やかな風は南から吹いてくる〟という意味ですが、禅語としては、〝風が吹いて無駄なものがなくなったような境地〟を示すとあるそうです。なかなかそうした境地とまではいきませんが、お客さまの目に涼やかな料理をお出しし、食されたとき初夏の清々しさ、心地よさを味わっていただけるようにとの思いをこめています。

それから、店内の端午の節句のしつらえについて。五月人形の大将さんや兜飾りではなく、有職飾りの粽や張り子の虎などを好んで置いています。いかにも、というものより私としては粋だなと思う。そうした感覚も大切に、料理を通して感じていただければ幸いです。

令和五年 皐月の献立

食前酒 菖蒲酒
先 附 あわび柔煮 雲丹 蕗 菖蒲飾り盛り込み
御 椀 あぶらめ葛打ち わらびのすり流し
御造り 伊勢海老 針烏賊 兜鉢盛り込み 初かつお 黄味醤油 香味野菜
八 寸 煮穴子飯蒸し粽 筍粕漬け 鯛の子 自家製生干しばちこ 皐月鱒木の芽味噌焼き
強 肴 花山椒と和牛しゃぶしゃぶ
追 肴 琵琶湖稚鮎白扇揚げ 蓼酢
止 肴 賀茂茄子 青ぜんまい 白和酢和え
食 事 桜海老と新玉ねぎご飯
果 物 河内晩柑 巣立とシャンパンシャーベット
御菓子 自家製よもぎ薯

55日、端午の節句にまつわる風物のひとつが「軒菖蒲(のきしょうぶ)」。強い香りで邪気を祓うとされる菖蒲と蓬(よもぎ)を麻ひもで束ね、飾る伝統行事で、いまも京都では旧家の軒端などで立派な軒菖蒲を目にすることがよくある。同日、上賀茂神社では、葵祭の前儀であり、天下泰平や五穀豊穣を祈願する「賀茂競馬(かもくらべうま)」も行われる。二十四節気では「立夏」を迎え、暦の上ではいよいよ本格的な夏の到来である。

〈写真〉
伊勢海老の御造りを兜鉢(かぶとばち)に盛り込んで。伊勢海老は、本来の旬は僅かに過ぎているものの、戦国武将の鎧に見立てて殻ごと料理する具足煮を提供することもある端午の節句らしい食材。伝統野菜の防風(ぼうふう)と珍味の岩茸(いわたけ)を添え、伊勢海老の赤いひげを飾った。